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ほしいりこはく:2


斗南での共同生活を始めて一ヶ月ほど経った、初夏の黄昏時。

俺が農作業から帰ってくると、囲炉裏の間には隣の藩から大量の仕立て物を頼まれて内職に励む時尾がいた。
時尾が家事の他に仕立て物の内職をしているのは知っていたし時々見かけてもいたが、色とりどりの反物に思わず面食らってしまった。

「時尾の仕立て物の腕は評判が評判を呼んでいるらしくてね。おかげで家計は助かっている。が…無理をするなよ、時尾」
倉沢氏は複雑な表情だった。

倉沢家では、倉沢氏とその妻と子息、養女が時尾を含めて二人、その他俺を含めて男二人の計七人が共同生活を営んでいる。
日中、倉沢氏と子息は移住世話役として各所を歩き回り、帰宅後はひたすら事務処理。
家事担当は女三人、農作業担当は俺ともう一人の男で二人。
その中で俺と時尾以外の三人は、手先の器用さを活かして竹細工の内職をしている。こちらも今は納期に追われているようだ。
俺はというと、近所から鍬や鎌その他刃物の手入れを引き受けて内職としていた。

「手伝う」
今は手が空いているしな、と俺は時尾に申し出た。
「お気遣いありがとうございます。大丈夫ですわ。斎藤様は農作業でお疲れですから、ゆっくりお休みになってください。じきに夕餉もご用意いたします」

どれも豪奢な反物。綻びに繕いが行き届かず悪化の一途を辿るこの家屋には不似合いすぎて滑稽だ。

「なあ、これ隣の藩から来た仕事だろ」
「…ええ」
「全部一つの家から来た注文か」
「まさか。八つのお家からですわ」

ふうん、と俺は首を傾げて尋ねる。

「何で隣の藩の人間は、こんないい着物を着ていられるんだろうな。斗南(こちら)と土地の条件は殆ど変わらないはずだろ」
「さあ、どうしてでしょうね。お客様の懐事情など考えたこともありませんし、詮索するのも失礼な話ですし、興味もありませんわ。
あちらにはあちらの、こちらにはこちらの生き方がそれぞれあるのですから」
「…そりゃ、そうだ」

この、会津武士らしい頑なさが、自らを追い詰めてしまっているのではないか。
時尾だけでなく、鳩侍などと言われてしまっている者達は。
例えばこの地で暮らしやすくなるための知識や技術を、それこそ隣の藩で良い着物を着ている連中から教わるわけにはいかないのか。
…などとは、その会津武士に助けられた俺なんぞが口が裂けても言える立場に無い。
今は共同生活の仲間全員が働くことで食にありつけているが、もしそれが何らかの理由でとうとう上手くいかなくなった時は、俺がその北国で余裕を持って暮らせる方法とやらを探りに行かねば。今すぐ行きたいのは山々だが、自分達の力でやっていけているという彼らの自負、身の証を潰してしまうには時期尚早だ。

縫い物の仕事は流石に出来ないが、簡単な作業は手を貸すことが出来た。
そして時尾はここでも手拭いを取り出し、しきりに掌や首筋を拭いた。
やはり俺のせいか、もしかしてこの女は男に慣れていないというよりは最早苦手ですらあるんじゃないか、俺が手伝うだの何だのはこの女にとっては却って迷惑か、などと考えつつ時尾の仕草をじっと見つめていると
「申し訳ございません、きっと、もうすぐ斎藤様に慣れます」
と、仄かに紅潮した頬で照れ笑う。
時尾のその柔らかい表情は、以降事ある毎に瞼の裏にボンヤリと現れるようになった。


2015/11/14
2017/07/16