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ほしいりこはく:4


一時停止している僅かの間。
時尾の隣に座る美青年の風格に、湧き上がっていた対抗心は吹き飛ばされそうになった。

『いや、美形がどうした。男はカオじゃないだろ。
しかしこの時尾の何時になく嬉しそうな様子や懇ろな様子、時尾にとって俺では物足りない部分がこの男にあることは明らかだ。
それ以前に俺と時尾は出会って数ヶ月ほどしか経っていないわけだが。
それでも、城勤めで男とは縁遠かったんじゃなかったのか。
親しい男なんて親兄弟くらいじゃないのか』

そこまで考えて、ふとある日の時尾の言葉を思い出し

そして「もしや、弟君か」と問うてみた。

「ええ、そうなんです。母も近所への挨拶回りを済ませた後、夕刻にはこちらに到着します」

嬉々として答える時尾に、無表情のまま密かに胸を撫で下ろしていると、“弟君”がやおら立ち上がる。
背は俺より低いが、顔が小さいので実際よりも高く見えた。
俺の前に正座して「…高木、盛之輔です」と一礼する。

ある日の書道教室の時間に、時尾が「私には母とまだ十六歳の弟がいるのですが、斗南に来て暫くの間は、人手の少ない友人宅の暮らしが落ち着くまでのお手伝いをしています」と話してくれたことがあった。

美青年、もとい美少年の盛之輔は、年若いわりには悠然としているように見えた。
しかし盛之輔の後日談によると、俺との初対面はかなり緊張したとのことだった。
そして俺に一礼しながら『新撰組の隊長格の男と対面してしまった、これは今すぐにでも友達に自慢したい』などと興奮もしていたらしい。
冷やかなほど眉目秀麗な外見とは裏腹に、内面は愛嬌のある若者だ。

盛之輔が「早速外で薪割りをしてきます」と庭へ出て行ったので、時尾は「私達はいつものアレをしましょうか」と言って本と座布団枕を用意した。

俺は座布団枕を頭に体を横たえ、傍で時尾が正座して本を開く。

目の前にある時尾の膝を見て『やはりそちらがいい』と思ってしまう。
いつもなら思うだけで済ませていたところだが、近くに自分達以外誰も居ないのをいいことに俺は挑戦者となった。

「…折角用意してくれたものに文句をつけるのは気が引けるが、実はこの座布団枕、どうも馴染めず頭痛を起こしそうになる」

俺の言葉に時尾は、心底申し訳なさそうな顔をした。

「頭痛など起こしてしまっては大変ですわ。
斎藤様はお優しいから、今の今まで言い出し辛かったのですね。
気が回らず失礼いたしました」
「いや、俺の単なる我儘だ。
ついでに言うと、座布団枕より少し高く普通の枕より少し低く、あまり硬くないものだと助かる」

時尾は焦りながら辺りを見回す。

「無ければ無しでいい」
「そういうわけにはいきません」

元より物の少ない部屋を物色し終えた時尾が困りながら座ったところで、視線の先にあったのは己の太腿と膝だった。

「あの、斎藤様」
「悪かった。俺のことは気にしなくていい」
「いえ…もしよろしければ、なのですが」

斯くして助平な挑戦者は大勝利を得た。
時尾が大いに恥じらいながら自身の膝枕を提案してくる様子は、思わず片方の口角がつり上がりそうになった。
だが同時に、何も知らぬ乙女を策に嵌めたことに僅かだが罪悪感も否めなかったので、膝枕では俺の後頭部が時尾の臍と向き合うという体勢で、なるべく時尾と視線が合わずに済むようにして横になった。

時尾の膝枕を得た俺に睡魔が襲いかかることはなかった。
頬に当たる感触や温もりがそれを遠ざけたからだ。
しかし時尾の声に集中したいので目は閉じる。

暫くすると、時尾は「お休みになりましたか」と小声で俺に尋ねた。

どうやら俺が眠ったと思っているらしい。悪戯心で狸寝入りを決め込むことにした。

「ふふ、お髪がお顔に…」
と微笑する時尾の声を耳にしたかと思うと、己の顔に小さな指先が触れる感触がした。

思わず反応してしまいそうになるも、そのまま狸寝入りを続ける。
どうやら俺の顔にかかった髪を横や後ろへ除けてくれているらしかった。

その作業が終わってから少し時間を置いて、躊躇いがちに髪を撫でてくる感触。

何の意図があって時尾がそうしてきたのかは分からない。

ただ、狸寝入りではあるが永遠に目を覚ましたくないと思った。

きっちり一刻狸寝入りもとい午睡をしてから、何食わぬ顔で農作業に出掛けた。
日没前には時尾の母である克子殿も到着し、挨拶もそこそこに高木母子と暫し雑談に興じる。
克子殿は盛之輔とよく似ており大層な美人で長身だった。
時尾はというと、大きな瞳の童顔に小さな体で、美人ではないが可愛げのある風貌だ。
亡き父に似たのだろうか。

夕餉時には、共同生活仲間全員で克子殿と盛之輔を歓迎するささやかな宴が催された。
単に人数が七人から九人に増えたというだけでなく、時尾にとって大事な家族と無事合流出来たという安心感が、共同生活のぼろ家屋に明かりを灯した。


2015/11/16
2017/07/16