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ほしいりこはく:6


「斎藤様はもう十分に綺麗な字を書けるようになりましたね。
書道教室は明日でひとまず終わりにしましょうか」

明治四年二月の冷え冷えとした朝。
時尾からそう言われて俺は手元の自筆に目をやった。

時尾の字と大差のない、とは言い過ぎだが近い雰囲気の字をスラスラと書けるようになっていた。

「斎藤様が私の助言を一つ一つ真面目に聞き入れてくださるから、教える側としてもとても楽しかったですわ」
と時尾が微笑しながら書道具の手入れを始める。

「…俺も楽しかった」

ぽつりと口にして自分で驚いた。心の中で呟くよりも先に出てしまった。
予めしようと思ってすることであれば大胆なことでも然程動揺することはないが、準備の過程をすっ飛ばした己の言動に焦りを禁じ得なかった。

それでも往生際悪く無表情を貫き、視線だけを時尾のほうへと向けた。

「そうですか…!良かった、余計な世話だとかうざったいだとか不快に思われていないかと心配しておりました」

まあ、最初のうちはそう思っていたがな…と考える間も無く、気の抜けたフニャフニャとした笑顔を見せられて

脳味噌がかっと熱くなったのを感じた時にはもう、時尾の手を握ってしまっていた。

時尾は一瞬驚くも、悪戯か何かだと思ったらしくくすっと笑い
「あらあら、そのようにお邪魔されてはお片付けが出来なくて私困ってしまいます」
と子供に言い聞かせるかのように穏やかな口調で諭してくる。

しかし俺が顔も視線も逸らし、手だけ握って黙っている様子に漸くただならぬものを感じたらしい。

「斎藤様、あの…」

時尾の指先の温度が上昇しているのが伝わり、時尾がどんな表情をしているのか見たくなってやっと時尾のほうを向いた。
やはり、口元をきつく結んで無表情を維持して。

時尾は顔全体を火照らせ、瞳を揺らしておろおろと混乱していた。

その様子を『いとおしい』と思ったのを、元々細い目を更に細めて握る手に力が入ってしまったことで時尾にはっきりと悟られたようだ。

「私、あの、お洗濯物の乾き具合を確かめなければ」
俺の手をすり抜け、あっという間に部屋から姿を消してしまった。

『洗濯物の乾き具合って何だよ。咄嗟とはいえ嘘が下手くそすぎるだろ』

手入れされた書道具を片付けながら、心の中で『阿呆が』と舌打ちした。
その言葉は勿論、時尾に向けたものではない。

昼餉の時間も時尾とはまともに顔を合わせないまま、俺は午後から雪景色の中へ薪集めに出掛けた。


2015/11/18
2017/07/16