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ほしいりこはく:7


時尾に気取られた出来事から一夜が明けた。
朝陽が照らす純白の景色。絶好の書道教室日和だ。

今日は修了試験のような体で、時尾の古典文学本を一部書写することになっている。
書道具一式を揃え、ボロ机に向かって正座しながら先生の到着を待つも、なかなか現れない。

暫くしてから「失礼します」と時尾が部屋へ入ってきた。
文机の前で正座して向かい合い「よろしくお願いします」といつも通りの挨拶をする。

「それでは昨日言いました通り、斎藤様にはこの本のこの部分を書き写していただきます」
「…」

何事もなかったかのように振舞いながらも、強張っている顔。

『昨日のことはこの女にとって余程の事件だったようだ。驚かせて悪かった。
だが俺はお前に口説ける隙があると見做したので、徹底的に攻めさせてもらうぞ』

俺は筆を手にし、これまでの成果を紙上に紡いだ。
時尾は俺の筆の運びに満足気に頷いていたが、次第にその顔から微笑が消え不思議そうに首を傾げる。
俺が本の書写をしているわけではないと気付いたらしい。

締めくくりに『斎藤一より 高木時尾殿』と記し終えて筆を置き、時尾のほうを見る。
時尾は真っ赤な顔をして両手で口元を覆い隠し、大きく潤んだ瞳は俺の書に釘付けだった。

「…世話になった」
時尾に一礼してから部屋を出た。

喉が渇いたので台所へ向かうと、共同生活の仲間で先日結婚したばかりの男とその妻となった倉沢氏のもう一人の養女、そして盛之輔の三人が雑談をしていた。
盛之輔に声をかけられ輪の中に入って聞いた話は、その新婚夫婦が近々この家を出ていくというものだった。

「転居先はここから歩いてすぐの所に見つけた粗末な掘建小屋ですが、まずは二人で家庭を築くことから始めてみようかと。
今まで通り皆と一緒に農作業をしつつ、仕事を増やして」

活き活きと将来を語る夫婦の姿が眩しく映る。
今し方、意中の女の目の前で懸想文を綴ってきたからか。

夕七ツ時、人に見られぬように気を配りながら、離れの納屋に入る。

何処からともなく差し込み出入口の木戸を僅かに照らす朱色の光以外は、全くの暗闇。
今にも崩れそうな土壁にもたれ掛かり、腕を組んで瞑想しているふりをする。

半刻ほど経って、小刻みな足音が近付き木戸がそろそろと開かれた。
「失礼いたします」
俺の掌ほどの面積を照らす夕陽の光が、丁度時尾の顔をすっぽりと包み浮かび上がらせる。

その頬の赤みは夕陽の所為か、それとも俺の所為か。表情が固いのは確実に俺の所為だという自覚はある。

「…断るつもりならばはじめから来るな、と俺は書いたはずだ」
「…断るつもりがないので…来ました」

「…無一文で無愛想な人斬りの男などと結ばれてくれるならば来い、とも書いた」
「無一文で無愛想な人斬りでも、毎日農作業の合間に他のお家の力仕事を引き受けては報酬として得た食糧を黙って台所に補充してくださったり、お疲れになっている時でも嫌な顔一つせず私に真摯に向き合ってくださったり、私の膝枕で嬉しそうに甘えるように体を横たえたりするお姿に、いとおしさを、募らせてしまったものですから」

両手で顔を覆いながら時尾は続ける。

「その上、あのように手を握られ燃えるような眼差しを向けられ、とどめだと言わんばかりに目の前で懸想文を書かれたとあっては、もう、私は」

掌の中で声を詰まらせた時尾を、衝動的に抱き寄せた。
時尾の背に合わせて屈み、その耳に己の口を寄せる。

「俺でいいのか」
「私でよろしいのですか」

互いに耳元で囁いて暫し沈黙した後、そのままひとつ頬擦りをして、唇を軽く吸い合った。

「…さて、ではお前を娶るために外堀から埋めていくとするか」
「外堀、ですか?」
「知恵山川に鬼佐川」
「まあ」
時尾が目を瞬かせる。

「あと、そもそも先立つ物がなければ今のまま無一文では話にならん。
その為祝言まで少々年月を要するが、気長に待ってくれるか」
「はい、私も仕立て物などのお仕事をより積極的に増やしますわ」
時尾が目を輝かせる。

「それまでは…こうして人目を忍んで逢うか」
「…はい」
「よし」
何が“よし”なのか自分でも意味の分からない相槌を打って、 袖の中に隠しておいた白い花を一輪、時尾に手渡した。
「まあ、可愛い…」
時尾のその言葉は花に向けられたものだとは思うが、まさか柄にも無さそうな贈り物をした俺に向けたものではあるまいな、と妙な照れ臭さが沸き起こって
「今の俺には簪一つまともに買える金も無い。暫くはそれで我慢しろ」
などとつい捻くれた言い方をしてしまう。
それでも時尾は「斎藤様に摘まれた生花の髪飾りだなんて、とても値段など付けられないような贅沢品です」と嬉しそうに花を自身の結い髪に飾る。

それならば、と以降時尾と忍び逢う時は必ず花を摘んで贈ることにした。
時尾が花で髪を飾っている一時だけは互いを名前で呼び合い、他愛の無い話をしたり、何も言わず抱き合ったりした。

円やかな体を撫で回し身八つ口から豊満な乳へ悪戯を仕掛ければ、恥じらいながらも興奮した様子を見せる時尾を抱いてしまいたくなったことも数え切れない程あった。
その度に『おぼこを抱くならこんな土埃にまみれたところよりも、もっと小綺麗な屋内で真新しい布団の上にでもしたらどうだ』と自制した。

その結果、二人は恋仲になってから三年後に晴れて結婚するまで清い関係を維持することになる。
その結婚も、表向きは佐川、山川両氏から倉沢氏への勧めによる見合い結婚。

誰も知らぬところで惹かれ合った若い二人が互いに寄り添って生きた日のことは、二人だけが知っていればいい。

(終)


2015/11/19
2017/07/16