お帰りなさい
今日もお友達と仲良くして勉学に励みましたか
兄様からお手紙が届いていますよ
士官候補生として日々努力している姿が目に浮かぶような溌剌とした内容です
父様ももうすぐお帰りになりますよ
夕餉は蕎麦にしてくれ、ですって
毎日お昼に屋台で食べているでしょうによく飽きませんこと
そういえばおつゆは
高遠のからつゆにしてくれ、って言われましたわ
そんな嫌そうな顔をしてはいけませんよ
おろしたてのたかどは…辛味大根は体に良いのです
あら、父様は花街に寄り道なんてしませんよ
苦手な食べ物が夕餉に出てくるからといって
お年頃の反抗期だからといって
親に向かってそんなはしたない意地悪を言うものではありません
いいえ、冗談の一言では済まされませんから
あなたのお膳にはおろした大根をお椀一杯用意します
焼き味噌もそれなりの量を用意して差し上げますから
全て残さず食べるように
ええ、あなたの父様は
私と結婚してから花街に通うことは一切ありませんのよ
でもそれは残念ながら私にひとすじだからという理由ではないのです
私達夫婦は
祐堂様が直々に仲人をつとめてくださり
何物にも代え難き縁によって結ばれました
あなたの父様は主君がとりなしてくださった縁に
不誠実があってはならないと
己を律して真っ直ぐ私の元へ帰ってくるのです
ですからあなたの父様は実のところ
私ではなく主君である祐堂様にひとすじなのです
私はそんなあの人だからこそ好いているのかもしれませんね
まあ、あなたいつの間にお帰りになっていたのですか
俺はお前にひとすじなんだぞ当然だろう、って
白々しく私の髪を撫でていないで
御覧なさいませ、この隙にあなたの愛息はお椀一杯の大根おろしを
自分の膳からあなたの膳へさり気なく移しているではありませんか
さあ
一日を締めくくるひとときを
家族でゆるりと過ごしましょう
2016/06/15